道具よもやま話

1腕・刃物・砥石

 東京・渋谷の道玄坂の裏手に、明治43年(1910)から大工道具を扱っている老舗がある。当主の吉澤賢三さんは2代目、小柄で紬の和服がよく似合う方だ。穏やかな口調の中に、時折、持ち前の江戸っ子弁がぽんぽんと小気味よく飛び出す。
近くの恵比寿には鉋鍛冶の名工・石堂さんの仕事場があり、9代目、10代目の石堂さんや初代、3代目の千代鶴さん等とも親交が深かったので、よい道具を所蔵しておられるとのことで、見せていただきに伺った。

 「昔の職人衆は、若い時代に仕事の合間をみては、仲間同士で、せっせと柱や板を削っては、出来栄えを見せ合い、自慢し合って、腕を磨いたもんです。そして、だんだん腕が上がってくると、どうしても、もっとよい道具がほしいと言って、私どもの所に来るようになんなさる。あいつにだけは負けられないと、仲間の方も無理しにきなさる。そして次は砥石となる。刃物の切れ味を決めるのは最後は砥石ですよ。腕、刃物、砥石、この三つが揃って、はじめて一人前になるんですね」と老人はにっこりされた。

この読み物は、当館の開館1年前(1983年)に大工道具館設立の意義を広く伝えることを目的に、元副館長・嘉来國夫ならびに元館長補佐・西村治一郎の2名が主となり、「道具・よもやま話」と題して竹中工務店社報(1983年発行)に連載したものを、改めてここに転載したものです。20年以上前の記述のため、古くなった内容もございますがご容赦下さい。