コラム:曲尺の機能

いつ頃から曲尺が使われ始めたのかはっきりしないが、中国では後漢の武氏祠石室のレリーフに伝説上の最初の皇帝・伏羲(ふっき)が曲尺をもつ様子が刻まれているから、起源はかなり古く、おそらく大陸の建築技術とともに古代の早い段階で日本にももたらされたのであろう。なお近世以前の建築工人の間では、祖先神として崇めていた聖徳太子が曲尺を発明したとまことしやかに信じられていたのだが、これは迷信である。

さて曲尺には10の用途があると言われている。直角や寸法をはかりとり、線を記す際の定規になることは言うまでもないが、勾配をはかる、直線を分割する、和算の勾(こう)殳(こ)玄(げん)の考え方を応用すれば乗除・開平・開立のための計算器としてもつかえるなど多機能な道具なのである。なかでも特筆すべきは裏目(角目)の機能であって、表の√2倍の目盛りが裏面に刻まれており、直角三角形の斜辺が計算をせずに求められるようになっている。この機能は建物の隅を墨付けする際に非常に役立つのだが、わが国の大工は裏目を利用しながら隅の屋根材の複雑な納まりを解く技を極め、規矩(きく)術と呼んで高度に体系化した。ただしその修得は困難を極めたようで、「大工と雀は軒で泣く」という言い回しはここからきている。



▲ 曲尺をもつ伝説の最初の皇帝・伏羲 (中国、後漢、武氏祠石室)



▲ 現在の曲尺(裏面・ステンレス製)

 
  • ※ 本ページの内容は『竹中大工道具館収蔵品目録第5号-墨掛定規類・罫引・錐篇-』の解説を抜粋したものです。
  • ※ 品名は、主に関西で用いられている道具名称を参考にして当館で用いられている統一名称によっています。地域や研究者によって道具の名称はことなることがあります

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