木肌を愛する心  日本書紀の素盞鳴尊(すさのおのみこと)の説話で、ヒノキは宮殿に、スギとクスノキは舟に、マキは棺にとそれぞれの用途を教えている。これが考古学調査による太古以来の実際の使い方によく一致している。私たちの先祖は木について知りつくしていて、その選ぶ眼の確かさには驚かされるばかりだ。
 とくにヒノキが建物に使われた理由は、割りやすく古代の製材には非常に扱いやすい木であるとともに、美しい木肌を愛しその香りを好んだからだともいえよう。木の中で一番素晴らしい建築構造材が何であるかを知っていて、くり抜きやすい木を舟に用い、水に非常に強い木を棺に使うといった適材の適所な使い分けは、日本人が非常に古くから木に親しんできた豊かな木の文化をもつ民族であることを物語っている。
 私たちの祖先はまた古代から木にまつわる神話伝承を多くもち、木は信仰の対象であった。この世に「産霊神」(うぶすながみ)がいて、山川草木に霊魂を与えると信じていた。山で木を伐る斧の刃には3本と4本の筋がある。これは3本はミキ=御酒で、4本はヨキ=地水火風をあらわし山海の珍味・五穀を意味している。その斧を木に立てかけて拝んでから伐ったという。山の中ではお酒や五穀を供えられないため、斧の刃に彫って代わりとしたのである。
 また寺社仏閣の多くには神木があって、苔のむすスギやクスの大木に「しめなわ」を巻いて崇めた。日本人は木の霊、木霊(こだま)に囲まれて生きてきたといわれている。
 ヒノキやスギなどの針葉樹には、日本の風土にあったみずみずしさがある。そして私たちは香り豊かな白木の肌を好むと同じように、年月が経つとともにくすんでくる木肌をも「さび」と呼んで愛してきた。さらに木肌の魅力は鑿の冴えによって美意識が一層高められることになる。表面を塗る西洋的扱いとは違う、日本独特の素朴な木の粋な扱いが仕上げに表れている。木の素朴感は人の肌に不思議な力をもって親和してくる。。
 

※この文章は『竹中大工道具館展示解説』から抜粋したものです。

参考資料
「木の文化」小原二郎
「風土に生きる建築」若山滋
「木の匠」成田寿一郎
「斑鳩の匠 宮大工三代」西岡常一、青山茂
「木に学べ」西岡常一
「大工道具の歴史」松村貞次郎

腕・刃物・砥石

親子鍛冶

無銘の作品

飯食(はんぐい)

名を許す

三木の千代鶴貞秀さん

消えた道具の町・伏見

前挽大鋸の終焉

気違いの遊び

千代鶴と江戸熊

木肌を愛する心

木を生かす